熟練のピアノトリオの冴え! 塩谷哲トリオ

2014年8月

熟練のピアノトリオの冴え! 塩谷哲トリオブルーノート 東京

ジャズイメージ昨年(2013年)10月から行っている、ブルーノートとオールアバウトのジョイントジャズ講座も、4回目を迎え、初めて日本人の演奏を聴くことになった。この試みは、まずはじめに初心者の方にジャズの楽しみ方を座学でレクチャー、十分に予習したうえで実際にみんなでライブを体験すると言うもので、ジャズの入口から出口まで一貫した内容で学べる画期的な試み。好評のうちに、今回の運びとなったもの。

デイヴ・コーズ(sax)、ティル・ブレナー(tp&vo)、ニコラ・コンテ(g)ときて、第4回目に当たる8月2日の土曜日のライブが、日本人のピアノトリオ「塩谷哲トリオ」だった。

前日の1日(金)に恵比寿のオールアバウト講座会場で予習を兼ねた座学を終え、今回は私も含めて14名でライブに繰り出したが、受講生さんは、男性が1人きりで、あとはすべて20代~40代までの女性ばかり。これは、オールアバウトの私のジャズ講座ではおなじみの光景になった。

早速受講生にリサーチしてみると、ライブに気軽に一緒に行ってくれる友達が欲しいとの声が多い。お店側も、そういった女性の声を反映して、女性同士の場合はさらに割引サービスをするなどすれば、敷居の高さも気にならなくなるのでは。

それにしても、今回は良い意味で、意外性が勝った回だった。募集時点で、前回に比べ参加人数が少なかったこともあり、やはりライブとしては地味な印象だったのか、などと考えていたが、そんな杞憂は、圧倒的な演奏の前にすっかりどこかへ行ってしまった。

今回のライブ「塩谷哲トリオ」のリーダー塩谷哲(しおのや さとる)は、1966年生まれ、東京出身のピアニスト。プロとしてのデビューはオルケスタ・デラ・ルスというサルサバンドという幅広い経歴の持ち主。ピアノトリオとしての取り組みは2003年「トリオっ!」より始めている。その当初よりドラムの山木秀夫は参加しており、ベースの井上陽介は2007年の「アーセオリー」より参加、現在に至る。

山木とは実に11年、井上とも7年という歳月を費やし、トリオとしての技をじっくりと育てた塩谷たちのサウンドは、まさに名人芸。音楽を聴かせるプロとしての、熟練された密度の高い音になっている。

ジャズ初心者がほとんどの受講生たちも、塩谷が最初の曲を奏で始めると、食事の際とは違い、水を打ったように聴きほれていた。2曲を終えたところで、塩谷がMCを始める。適度な声の大きさ、適度なウィット、そしてジョーク。若いミュージシャンの場合、MCでがっかりすることが少なくないが、そこは大人の塩谷は心得ている。しゃべりも相当うまく、そして何よりも、観客やスタッフ、メンバーに対する感謝の気持ちがこちらにも伝わってきて、非常に心地よい空間づくりをしている。自然、次の曲にも耳が真剣になっていくのが自分でもわかる。

得意のラテンタッチの曲や、軽快なオリジナル、深いバラードなどアンコールの2回も含めて、あっという間に2時間が過ぎてしまった。アンコールでは、遊びに来ていたというフリューゲルホーンのTOKU(トク)がゲスト参加、楽しい雰囲気のまま2回目のアンコールで幕をとじた。

全国を何か所か回って、最後のステージという運もあったが、ここで聴くことができたトリオの演奏は、まさに名人たちの「良い仕事」だった。

この原稿を書いている時点(2014.8.6)では、受講生のフィードバックがない状態だが、次回の講座(2014.8.8)では、感想のシェアをすることになっており、ジャズ初心者の皆の意見が楽しみな、ライブだった。次回作にぜひこのトリオのライブ録音を期待したい!

S・A・L・T

「MELTING POT HARMONY」

この「S・A・L・T」はSALTこと塩谷哲のの初リーダー作。オルケスタ・デラ・ルスというラテンのメジャーなバンドから独立した塩谷が、世に問うた自分自身の音楽。とは言え、やはりトップにはラテンフレーヴァーな曲で、旧来からのファンにも納得させる内容になっている。ここでは、アルトサックスのパキート・デ・リヴェラの圧倒的な存在感で、いやがおうにも盛り上がる構成になっている。中には、考えすぎの音楽もあるにはあるが、デビュー作にして完成度の高い音世界は見事。

トリオっ!

「Overjoyed」

この曲「Overjoyed」は、ご存じスティーヴィー・ワンダーの佳曲。その聴きなれたメロディを真正面からなぞるように塩谷は奏じる。この塩谷にして初めてのトリオアルバムは、聴き終えてみると、塩谷の力の入った演奏はもちろんだが、むしろ選曲の妙で聴かされてしまう内容になっている。ややけれん味のあるオリジナルの曲の合間を縫うように、スティーヴィーやフォーレなどの耳慣れたメロディが、一服のお茶のように心地よく響く。塩谷に選ばれたメロディは、名旋律ばかり。それを塩谷は、けれん味なく楽しむように弾き切る。

EARTHEORY

「In A Driving Rain」

この塩谷のトリオ3作目にして、さらにハードな内容の「EARTHEORY」は、おそらくは塩谷のトリオというフォーマットへの自信の表れだろうと思われる。ますます磨きのかかったインタープレイは、曲の甘さに頼らずとも聴かせることができるという思いが強く出たように思われる。このCDでのその試みが、すべて成功しているかはやや疑問だが、その答えはこの録音からさらに7年を経過した今回のブルーノートでのライブにあったと思われる。塩谷は、その才能からは、慎重に過ぎると思わせるくらいに一歩一歩あゆみを進めるタイプなのだろう。

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